谷川俊太郎さんの詩をまた読もうと思ったら本がない。どこいったんだろ。捨て名人の母が捨てたのかな。さよならついでに元の家においてきたのかな。それとも売ってしまったのかしら。もう読まないと思って。
また読む事に決めたので丸の内の丸善に。3冊買ってその足でオアゾの1階にあるスタバに。
本を開くとドキドキが止まらない。
待ってたよー!って感じ。…私は待ってたの?
谷川さんの宇宙を体験する。
とある感覚、鼻の奥に匂いのような感覚が広がる。そこから胸に広がるような。
自分の中にある言葉になっていない感覚に言葉が与えられる。子供が言葉を覚えるような。物には名前があると知るような。
そして新たな言葉は新たな種を蒔いてくれる。
谷川さんの詩はちょっとだけ奥へとぐいっと引っ張ってくれる。意志に反した勢いで勝手に走る電動自転車みたいに。あれは怖い。制御不能。
そうやってちょっと奥、ちょっと奥、を続けていくのだな。谷川さんでなくてもそうやって進んでいく。進んでいった奥には何があるんだろう。
奥は奥と言いつつ未来なんだろうか。
それはひたすら刺激的で。心配になるくらい。
谷川さんの言葉はわたしの世界を言葉で覆い尽くそうとする。言葉では覆えない物はある、と言うことも含めて。
ふー。
装丁ってシビれる。