こう見えて下手くそ

こう見えて頼り下手。頼み下手。

どう見えてるかはわからないけれど。多分なんなくやってそうに見えてないような気がしている。

困っても口に出せない。

そしてどんどん困っていく。

 

家族や近しい人、できたら頼りにしたい人ほど頼むことができない。

 

自覚はあるので結婚している時は夫に頼んだり頼ったりしてみていた。

できることもできないこともあったとは思うけど、多分心底ここで頼りにしたい!ということほどうまくいかず、どんどん口に出さなくなっていったと思う。きっとまたダメなんだろうなって。

ずっと叶わないことを頼むほどタフじゃなかった。

 

そして結婚生活全体が一番叶えたいことが叶わなかったし。それはどちらが悪かったというのではなくて多分なにかを知らなかったのだ。方法が分からなかったのだ。わかったらトライくらいはできただろう。

 

そもそもあまり親にも頼み事をしたこともない。

自営業で忙しかったし家族の状態はあんなだし私は頼まなくてもなんとかなってきた。

 

…いや…あまりなんとかならなくて騒ぎになったこともあったな。笑

 

ともかく。

 

このままでは将来的に歳をとって誰にも頼り方が分からずひっそり死にかねない。

 

死ぬのはいいんだ。

ただ誰かが始末をしなくちゃならない。

 

頼み下手なのとうまくいかなかった時のエネルギーが消耗する感じにへっちゃらになるのがいいのかな。

 

 

いろんなことは立体的にできている、と思う派としては…これはまた改めて書いた方がいい気もする。

 

私が頼りにすることで循環することや色々な人が成長したかもしれない。

私が迷惑をかけまいとしたことでどこか迷惑がかかったかもしれない。

 

いや。迷惑かけちゃダメという考えもあまり好きじゃないから、ほどほどに良い迷惑をかけていきたい。それがつながり、良いバランスのつながり。

 

私が助けを求めて手を伸ばさないことで世界のバランスはよくなくなる。

 

そしたら断られることも拒絶されることもネガティブな出来事ではなくなる。

 

自分がバランスがの取れた世界のひとつとして良いピースになるには必要なことかもしれないし、すごく大きなところから見ればそれはネガティブとかポジティブとか名前のつけられる経験ではないんじゃないかな。

 

と、なんとなく何言ってるんだろうという終わり方になってしまった。

 

でも大概のことはすごーく大きなところから見ればそういうことになっちゃったりする。