こう見えて下手くそ

こう見えて頼り下手。頼み下手。

どう見えてるかはわからないけれど。多分なんなくやってそうに見えてないような気がしている。

困っても口に出せない。

そしてどんどん困っていく。

 

家族や近しい人、できたら頼りにしたい人ほど頼むことができない。

 

自覚はあるので結婚している時は夫に頼んだり頼ったりしてみていた。

できることもできないこともあったとは思うけど、多分心底ここで頼りにしたい!ということほどうまくいかず、どんどん口に出さなくなっていったと思う。きっとまたダメなんだろうなって。

ずっと叶わないことを頼むほどタフじゃなかった。

 

そして結婚生活全体が一番叶えたいことが叶わなかったし。それはどちらが悪かったというのではなくて多分なにかを知らなかったのだ。方法が分からなかったのだ。わかったらトライくらいはできただろう。

 

そもそもあまり親にも頼み事をしたこともない。

自営業で忙しかったし家族の状態はあんなだし私は頼まなくてもなんとかなってきた。

 

…いや…あまりなんとかならなくて騒ぎになったこともあったな。笑

 

ともかく。

 

このままでは将来的に歳をとって誰にも頼り方が分からずひっそり死にかねない。

 

死ぬのはいいんだ。

ただ誰かが始末をしなくちゃならない。

 

頼み下手なのとうまくいかなかった時のエネルギーが消耗する感じにへっちゃらになるのがいいのかな。

 

 

いろんなことは立体的にできている、と思う派としては…これはまた改めて書いた方がいい気もする。

 

私が頼りにすることで循環することや色々な人が成長したかもしれない。

私が迷惑をかけまいとしたことでどこか迷惑がかかったかもしれない。

 

いや。迷惑かけちゃダメという考えもあまり好きじゃないから、ほどほどに良い迷惑をかけていきたい。それがつながり、良いバランスのつながり。

 

私が助けを求めて手を伸ばさないことで世界のバランスはよくなくなる。

 

そしたら断られることも拒絶されることもネガティブな出来事ではなくなる。

 

自分がバランスがの取れた世界のひとつとして良いピースになるには必要なことかもしれないし、すごく大きなところから見ればそれはネガティブとかポジティブとか名前のつけられる経験ではないんじゃないかな。

 

と、なんとなく何言ってるんだろうという終わり方になってしまった。

 

でも大概のことはすごーく大きなところから見ればそういうことになっちゃったりする。

 

 

卒!祝!

10年通った精神科。

昨日が最後でした。

今の病院が10年で病歴自体は20年くらい。

大量の薬を減らすの大変だったんだよー、と先生が言った。鬼のように減らして体もキツかった。訴えも聞いてもらえずだったのだけど、とぼけていたところもあるんだろうな。気を遣って大変だったと。

知らないこといっぱいある。

やっぱりいつもとは違うテンションの先生。ちょっと穏やかな気がした。談笑、と言う言葉がぴったりだった。お礼を言って、先生に会えなくなるの寂しいと伝えた。実際心細い。

 

そしたら○○さん(私)の心の中に僕がいるってことがわかったので嬉しいです、と言ってくれた。

 

もー、先生!

 

受付のお姉さんたちにも挨拶。おひとりは臨床心理士さんで検査もしてもらった。

処方箋薬局の人たちはちょっと前に全員変わっちゃったのでみんな知らない人だから特に話はしなかった。

 

こうしてたくさんの人に見守られている。

先生が出す卒業テスト(再発させない心得)にもかなり高得点を出せたし私は本当にいい患者だ。

真面目だし、お薬もちゃんと飲んだ。

 

そして美味しい夜ご飯を食べた。

本当に嬉しい。もしかして何も変わらないかもしれないけど。

変わりたいのかな。変わりたいと言うか足していたものをやめたかったのだと思う。

 

昨日の晩から薬をやめた。

これからどうなるか。

たまたまかもしれないけど、横隔膜の辺りが硬い。緊張してるのかな。徐々に慣れていこう。

 

 

すでに生活は全然ダメだけれど、いろんな人が世の中にいていい。ごはんちゃんと作れなくても片付けが苦手でも。

みんながごはん得意なら料理本の売り上げは激減するし、片付けが得意な人ばかりなら物も売れなさそうだし片付けが得意な人が活躍出来なくなる。なんて世の中に貢献している私!

デコとボコで完璧なので必要なピースなんだな。きっと。

と言い聞かせながら死ぬまで日々を自分なりに送っていけばいいのだと思う。

ひたすらペダルを漕ぐ楽しい自転車操業

 

ここでありがとうと書きたいけれど、なんだか終わって安心、て話でもないのでありがとうという気持ちを持ちながらお世話になった人たちの顔を忘れたくないなと思ったのでした。

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こころを受け取る

電車の中で本を読んでいて栞を落としそうになった。座っていて読んでいたのでコートに引っかかってまた本に挟んだ。

 

あ。

 

以前同じように電車で本を読んでいて、降りるときに男性に「しおり落としてますよ」と声をかけられた。私てなかったのだけど同じ書店のカバーとしおりが私の席の近くに落ちていた。

 

あ、違うんです、ありがとうございます。

 

と答えた。

 

あの時、違うなと思いながらもお気持ちをもらえるようにありがとうございますと拾えば良かったかなとちょっと思った。あの後もちょっと思ったんだけど。

 

しばらくもやんとしていたな。

気持ちが落ち着いていればいいこといっぱいだ。

いまならどうしよう。

 

かみさまにあの人にいいことありますように、と思うことにしようかな。言えなかった自分のために。

 

言葉通り、気持ちってもらえるからもらったことをもっと感じたいと思った。

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いつだって。

今自分の周りにいない人は存在するんだろうか。と思う。

ラインやメールを送っても返ってこなかったりすると、元々いないひとなんじゃないか。

私が働きかけた人やものはその都度作られて私の世界に現れて用事が終わればまた消えていく。

なんていう世界を思わないでもない。

 

友達とバイバイして、角を曲がったらその子はいなくなるんじゃないか、わたしが見てる世界、思う世界しかないんじゃないか、なんていう世界を思わないではない子どもだった。傲慢で面白くてちょっとかわいそうな妄想。

 

おとなになってそんなこともあまり思わなくなっていたけれど。

 

 

話は少し違うけど、いつ誰が私の世界からいなくなってしまってもおかしくない、と言う気持ちがしみついている。

何気ないやり取りの中で「また次でいいかな」と思っていたことは次は伝えられないかもしれない。

つまりはこの世からいなくなってしまうってこと。

だから気持ちはなるべく伝えてきたし、なるべく後悔ないように接している。

相手だけじゃない、自分ももちろんそう。私不死身じゃないし。

 

もしかしたら最後に会うかもって。

美味しいものが食べられなかった、行きたいところに行けなかった、それはそんなに大したことじゃない(私個人としては)。

世界的な感染症が流行って、まさかの遠くない大国が戦争を始めて、朝いってらっしゃいをした人にもう2度と逢えないもしれない。

ありがとうもごめんなさいも言えないかもしれない。

 

(ふと思ったけどどちらが言えなかったのが心残りかと言えば両方だから両方は同じような意味を持つかもな。)

 

おいといて。

ほんとに。

だから好きな人には好きと言うし、もし大事な人がいて触れておけば良かったと思ったら触れた方がいいよと思う。

その人の体も体温も匂いも、2度と現れない。

その人に2度と会えないなら自分ならどんな言葉をかけるだろう。

 

ていうことを考えて生きてるのってあんまりよくないのかなぁって思う。後悔することを怖れすぎてるなって。

もっと安心して、またいつでも会えると思っていたと愕然として生きる方が今を安らかに生きられてるのかもしれない。

イヤな言い方したいとかじゃなくて自分のこの考え方自体がイヤだなと思う。後悔するかもと思って生きるのはいつを生きてるのかな…。

 

ちゃんとバイバイが言えなかったっていうのは本当に後悔が残るから。

でもその方がその人のこと忘れなかったりするのかもね。

 

 

 

今年も大好きな白木蓮が咲いた✨✨

そしてもう散った( i _ i )

一瞬なんだよね…

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変わり目のもやもや

夜10時過ぎくらいにすごく眠くなってちょっと寝て目が覚めるというパターンが随分続いている。

寝つきはいい。時間ねむれないだけで。

昨夜はなんだか珍しく寝付けなくて2時か3時くらいまでは起きていた気がする。

そして今は0時35分。怪しい。なんかもやもやして眠れなくて、うんうん言ってる。

多分天気のせいだ。昨日から急に暑くなった。暑くなったと思ったら今は寒い。体の中がもやもやでイライラ。

気圧、温度、湿度…全部入りな気がする。

 

エアコンして加湿器をつけた。少し落ち着く気がする。

 

変わり目は苦手。

多分春だから、もう成長なんかしないのに体の中が何かを作り出そうとするようなそんなもやもやでイライラな気がする。芽でも出そうに。生き物っぽいな。

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怖いな

こわいなこわいなー

そういう時はついふざけちゃう、稲川淳二で。

 

なんか老眼の進みがひどいとか右目が急に悪くなったしとか、なんか乱視もひどくなった?とメガネとか作り直そうと思って、でも病気とかあると困るなと検査したら黄斑上膜という病気になってた。

 

目の奥の…めんどくさいな説明が…視力が低下したり歪みが出ちゃう病気。手術しか治療法がない。近視がひどくて視界の歪みにも気づかなかったけどしっかり歪んでました。ずーっと老眼が酷いとラインやネットを見るのが億劫になっていたけど老眼以外にも原因があったんだな。

加齢が原因らしいので同年代の人は気をつけて。

 

ともかく運転も怖いしガチャ目の状態で歩いてるので疲れる。耳も聞こえない気になってくる。これは多分見る事に集中してるからだと思う。

 

コンタクトレンズを作り直しするのでメガネ屋さんへ。

途中で検査する人変わられて不安になった。その人ではうまく判断できなかったみたい。コンタクトで0.1しか出てないって言われたのはなかなかショックが大きかった。交代した人がやたら優しいので心が弱くなった。笑

 

交代した人はかなり慣れた人だったけどどれだけ矯正しても0.6以上出ませんと言われた。両眼で0.8に調整した。やっぱガチャ目だけど仕方ない。前よりマシ。利き目を頑張って変えるしかない。

 

目が見えないって真っ暗じゃないよね。今まで見えていたんだもの。光はある。

 

写真を撮っていても画角もピントもぼんやりした中で撮ってる。ピントはカメラ任せ。ピンぼけ写真が好きなんて言ってたから自分がピンぼけになってしまったな。

 

元々みんな似たものを見ているという信頼でつながっているのに何かそことのつながりが弱くなってしまうような気がした。

 

見てるもの、見る事、について。

また考える機会ができた。見るってなんだろ。

 

免許更新できるといいな。

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2月の終わりに。

おとなになってからいう友人と知人の境目は難しい。どっちの距離がどうってわけじゃない。ただ、会う頻度とか知り合ってからの時間とか、なんかそんな差だろう。

少しの間だけしていた習い事で知り合った人が亡くなった。正確には亡くなっていた、1ヶ月前に。

がんだと話してくれたのは随分前だ。私なら話してもすごく心配したりショックを受けたりしないだろうって。確かに。

まあそうだけど。

だからってそんなになんともないわけじゃないよ、ばくさん。

 

そろそろそんなに差は無くなってくるかもしれないけど、一般的に言う「寿命」という考え方からは随分早くにいなくなってしまう人たちに近い年の人たちより多く出会ってきたんじゃないかと思う。

だからこのまま全員見送って私は最後にひとりで死ぬのかなあなんて思ったりもしてた。だからこんなに図太いのかなと。

でもそういうのはもう嫌だな。この苛立ちはそういう気持ちだと思う。ひとりで死ぬのが嫌なのではなくて、そんな変な役割とか死生観とか。

 

上手い例えでは全くないんだけど浮かんじゃったから書くけど、ビンゴのカードみたいに穴を開けていくみたいだ。全部あいても何ももらえない。

 

うん。喩えがひどい。なんの広がりもない。

いつも全然うまく処理できない。何回お別れしてもぼーっとしてしまう。ただ力なく見送るだけだ。

 

油断してた。「信じられないくらい元気なんですよー」と言って別れたのが10月。「久しぶりに大笑いしました」と後でメッセージをくれた。

悲観的で心配している方が無事だった。色んなことはそう。

だのに安心しちゃってた。

 

 

浅草生まれ浅草育ちの下町嫌い祭り嫌い。屈折した下町っ子。そういうところちょっとわかる気がしていた。

ダイビングたくさんして、お酒たくさん飲んで。超マイペースで嫌ならスッといつの間に帰っちゃって。酔っ払うとすぐキスして。なかなかきれいなキスの仕方だったな。(私はされなかったけど!)

 

最後頑張ったのかな。

おつかれさまでした。

 

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