新しいこと。

新しいことは苦手。変化も苦手。遠足も苦手。旅行も苦手。
苦手=「怖い」と「不安」かもしれない。

遠足は前日行きたくなくて仕方ない。できたら具合悪くなってくれ!
が、健康なんだなこれが。お腹が痛くなるくらいだ。

子供の頃からストレスがあるとお腹にくる子だった。(そういえば、バス遠足でお腹が痛くなって普通のお宅でトイレを借りたことがあったな…。いきなり先生と一緒にピンポンして…コンビニなんかない頃です。思えばその頃からいい人いっぱいだった。(回想中))

 

目的地についてしまえば楽しい。旅行も行ってしまえばめちゃ楽しい。


何が怖いんだろう。自分の中に目を向けると曇ってしまう。ただ胸のザワザワが止まらない。

 

予感じゃない。今までも悲惨なことは起きたことはない。これからも多分起きないだろう。何かあった時のための準備?それも違う。

絶対的安全地帯があって、そこを出る時に起きるのかも。そんな感じがする。

 

明日からまた心理セラピーの勉強が始まる。同じ先生、同じ仲間…同じ顔ぶれに会場も同じ。

なのに怖い。ざわざわが止まらない。

7月に一度終わって、3ヶ月しか間があいてないのに。違うことなんてほとんど無いのに。(汗)

最初の最初はセラピーの勉強をして困ってる人の役に立てたらと思って始めた。自分の経験が少しでも誰かの役に立てたら。でも時間が経つにつれそれがやりたいのかよくわからなくなった。

自分の事に関われるようになってきたから。それもこの講座を受けたからのこと。

(ということで自分の役には立ってしまったんだが。)

 

よくわからなくなったのに続けるのか。続ける理由は…。

色々な選択肢をまだ残したいというあがきなのか。(あがきは足掻きって書くのね。なるほど。)いやいや、そんな半端な気持ちでできることではない。

いま月に一度セッション(カウンセリング、だと思ってもらうと分かりやすいかな)を受けている。なので月2で受けているようなものだ。(グループセラピー的なところは絶対あると思う)

 

何故続けるのか。私みたいなのには必要だからだ。

 

今全体的に変化の時だと思っている。

というか講座やセッションを受け始めて動き始めた。

 

変化の時には色んなことが起きる。そんな時は先生は呪文やコツやヒントをくれる。変化の流れで溺れそうになるとボートに乗って現れて指示をくれる。ブイに捕まってオリジナルのスポーツドリンクをくれる。そして休憩したらまた泳ぎ始める。

そのブレンドは秘密だ。笑

自分だけのブレンドだから他の人には効果が薄い。

 

と、前日の夜に思うのでした。

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(私なりの呪文は小島よしおの「だいじょぶだいじょぶー」だ。笑)

でもこれは急場凌ぎ。

 

戸川さんで純ちゃん

通勤で急にVampilliaの「ライラック」が聴きたくなってしばらくループさせていた。
演奏がVampillia戸川純が歌っている。ツアーを一時期一緒に回っていたんだと記憶している。Vampilliaの演奏でアルバムも出してる。

 

わたしが鳴こうホトトギス https://www.amazon.co.jp/dp/B01M9ALFTA/ref=cm_sw_r_cp_api_glt_i_VMN2SCX0G1V95QM4CWNP?_encoding=UTF8&psc=1)

ruinsの吉田達也がドラムを叩いている時もあったりして・・・眼福。\(//∇//)\

作詞は真部脩一氏(相対性理論、集団行動、とにかく色々やってる人)。作曲は純ちゃんなのかVampilliaなのか一緒に作ったか。

詞・曲ともにこんなに好きな曲はない!(あるけど・・・)

帰ってFacebookを見ていたら川崎のクラブチッタで純ちゃんのライブのお知らせが。これは…

純ちゃんは私の世代では純ちゃんなんだけどその時Vampilliaのメンバーや若い子達には「戸川さん」と呼ばれ大事にされていた。

怪我をして以来、鎮痛剤を打ちながらライブをするという見ていると痛々しくて苦しくなるけれどこれしかできない人なんだなとは思う。

 

純ちゃんの生き様、しぶとさや執着とも言えるような強い生命力は真正面から向き合いたくなる。向き合わなければいけないような気がしてくる。

なくなる時はあんなにあっけないのにこのしぶとさもまた命。抜こうとしても抜けない。根を生やし大地から離れない命。


人間の業というものを見せつけられる。苦しくて眩しい。

 


www.youtube.com

 

Lilac bombs 戸川純
Featuring [Bombs] – 戸川 純
Lyrics By – 真部脩一
Mixed By – Ayaka Toki

“lilac” is released by Vampillia and included in the album the divine move as track #1 and #9.

リラの花咲くジャルダンで
朝の香りを胸にして
ガラスの螺旋階段へ
ふわりふわりと踏み出せば

空の梯子の上の上
みるみる街は遠ざかる
雲のそびえる屋根の上
リュックサックを紐といて
これは昔、学研の付録に付いてただけの
折り畳みの双眼鏡 倍率8.4倍の
見える 見えるよ
わかる わかるよ
サハラ横切るキャラバンの
しゃらり聞こえる鈴の音
駅を背にしたパリジャンが
目抜通りを走り去る
それでつまり絶景と暮らしのいいとこだけを
取り集めて楽天のブログに書いたりしたの
君はどこで待ってんの
苦楽をしょって笑ってるの
旅立ったその先で気持ちのいいことしよう
ララララ、ララララ

 

 

よくできました。

母の誕生日、ドライヤーのプレゼントもバシッときまった。

 

よしよし。

 

母と写真を撮ろうと言ったんだけど、すごく緊張した。緊張したけど嬉しかった。

 

なんかこういう距離あまりなかったからなー。

プレゼント持って撮った方が良かったな…

すっかりわたわたしてしまい。

 

誕生日のカードも喜んでくれたし。

良かった。

 

わたしもよかった。

されたことはせずされなかったことをする

母の話。
明日は母の誕生日なので。

 

私がバセドウ病になった時、母が祖母と同じ甲状腺の腫れに気づいたので病院に行ったのだけど、その時おばあちゃんとは血が繋がっていないので遺伝じゃないよと言われた。
ちょっとは驚いたけど、昔だし色々とあったろうなとその時は思った。

 

数ヶ月前。昔は子供は大きくなる前に亡くなる子が多かったよね、という話になった。父の姉も赤ちゃんの時に亡くなって父の実家の仏壇には女の子の写真が飾られていた。

母が「おじいちゃんは子供をたくさん亡くしてかわいそうだったんだよ」と言った。
母の上にも下にも兄弟がいて皆赤ちゃんの時とか3歳くらいまでしか生きられなかったそうだ。ある程度生きた母のお兄さんも腎臓病で若い頃に亡くなってしまった。

母の血の繋がったお母さん(ツギさん)は、母の下の子を産むときに自宅出産で亡くなってしまったそうだ。その時生まれた子は育てることができなかったので養子に出したけどやっぱり長生きできなかった。

その後母が5歳の時、おじいちゃんに写真を見せられ「この人がお母さんになるけどいいか」と聞かれ、嫌がっても仕方ないと思ってOKしたらしい(この感じが母らしい)。

 

お嫁に来た人(ツナさん)は小田原市内のレコード屋の娘さん。日本橋白木屋(今COREDO日本橋があるところにあったデパート)のお洋服の縫い子をしていたらしい。

ツナさんは全く家事をせず、子供2人産んで面倒も家事も任せきりだった。母はお姉さんと二人で家のことをやり、小さい子二人の面倒を見たそうだ。

一人は弟(私にとって叔父)、もう一人は妹。弟と赤ちゃんだった妹の二人をいっぺんにおんぶして子守をしていた時、後ろに倒れて転んでしまった。赤ちゃんは鼻血が止まらずにそのまま亡くなってしまった。

亡くなってわかったのは赤ちゃんは白血病だった。それが原因で血が止まらなくなった。ツナさんは母のせいにした。自分の母親に「子供を殺された」と言ったそうだ。

 

私たち家族がお盆とお正月に母の実家に行っても、ツナさんはあまり部屋から出てこないし、いつも気難しい顔をしていた。


母はそういうことを一気に話した。甥っ子が仕事から帰ってきていつもなら仕事の様子を聞いたりするのに話しかけもしなかった。

 

5歳より前に自分の母親が死んで、その後の母親に愛情を向けられることもなく育った。受けられてよかった愛情を知らずに育ったと言えると思う。それでも子供を3人育てた。(まだ姉と姉の子供(といってももう24歳だけど)の面倒見てるけど。)

母の救いは、祖父がとても優しい人だったことだと思う。子供たちをとても可愛がってくれたと。それがあったから私たちを育てることができたのではないか。

知らないことをすることは難しい。
私が気づかなかった母の愛は「されたことはせずされなかったことをする努力」だったのかなと思った。
父と離婚せずにやってきたこと、家業を懸命にやってきたこと、姉と甥の世話を焼き続けること、私に関しては・・・

「あまり帰ってこなくていい」と言うことかもしれない。あまり関わらなくていい。と。いやでも私が色々していかないとならないからちょっとでも負担を減らしたいと思ってくれているのだと思う。
母が嫌で嫌でお金を貯めて家を出ようとしたけど祖父に頼まれて出られず我慢し続けた事も関係してるのかもしれない。全ては推測だけど。


母はあまり自分のことを話さない。言いたくないのか「話す」と言う選択肢をもともと持っていないのか。自分の気持ちを話さないできた人だから。


母がどんなふうに思っていてもどんな人でも私にはあまり関係ないのかもしれない。
私が母を全体像でそのまま受け止めていればいいんだと思う。母がしてきた努力を自分なりに翻訳して育てていければいいと思う。そして自分の中で循環させる。

 

残念ながら母の人生は今回は平穏にはならないと思う。もちろん少しはそうなるといいと思ってる。それを心から願う。

なるべく母にできることをしたいけど、きっとそれは私の思う形では受け取ってはもらえないだろうと思う。

実家は史上最大に凪の状態なので行くのは構わないのだけど、母なりに私を守ってくれているのかもしれない。(ここも推測なのであまり推測はせず、自分ができることをやっていければいいと思っている。)
あと何年一緒にいられるかはわからないけれど楽しく話したり愚痴を聞いたり。爆発しそうなドライヤーを使っているので豪華ドライヤーをプレゼントしたりね。

 

 

 

 

海はきっと効く

ここのところ頭がずっと腫れぼったい。色々考えなきゃいけないことがある。飛んで火に入ってる案件もあるので自ら選んでるのでそこはナニがアレでコレがコレでして…てところでもある。

慢性的にじわじわ。常に脳が腫れぼったい感じだ。温度もちょっと高いだろう。

 

わかりかけて暗闇からうっすら姿を見えてきたのに消えていった感じとかは疼痛に似たさらなる負担が…

脳を氷水に浸したい。

 

でもこうして負荷をかけないとたどり着かないところがある。ぎゅーっと肩を思いっきり上げてストンと落とすと楽になるし、落ち込むのも足が着くところまで降りないと立ち上がれないし。そうやってしかできないみたい。

 

 

Facebookで青い海の写真が出てきた。頭がシュワっとした。疼痛だけが取れそうな感じがしたな。

 

海いいかも。

結局海ってすごいなっていうのもある。

 

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「答えを求めているうちは見つからんのじゃよ」

脳内に語りかけてくる賢者。

 

方針転換

また写真を撮ろうと思った今、私は何が撮りたいのかな。

前は淋しさ、物悲しさに魅かれていた。誰にも見られないビルとビルの隙間。構われずに置きっぱなしにされてるもの。捨てられたもの。忘れられた空き地。

どちらかというと死を意識した側から何かをつかもうとしていた。

どこかでその物たちと同化することで慰めを求めていたんだろうと思う。

 

最近、カメラを持って気づいたけど生を感じられるものを探すようになった。死にゆくものの死に際に一層輝く強い生、弱々しいようで小さく力強く輝く生、世界の秘密をずっと受け継いでいそうな植物たちの静かな生。

 

前と同じように今度は私が感じる生とは何だろうと掴もうとしている、のではないかな。

 

同じものを撮ってそれが写らなくても私にとっては生物の進化ぐらいの内面の変化だ。

25年以上、いや、潜在的にはもっと前から持ち続けていた私を支えていたところが方針転換をした。でも変わったわけじゃなくコインに裏があったことに気がついただけかも。

同じビルとビルの隙間に誰にも見られなくてもそこにあるのは強烈に主張する生かもしれない。同じコインならとりあえずどちらを見よう。

 

もう一つ言うとどちらかから見るだけのこと。コインそのものを感じることができればそれがいいんだろうな。生でも死でもないもの。命丸ごと、なのかな。

 

写したいものが写せるようになったらいいな。

写そうとしてないものが写ってこれもいいかも、がまだ多いのだった。(;ω;)。

 

 

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車内では歌ってます

通勤は片道1時間半くらい車に乗っている。ひたすら環七。

行きも帰りも歌いながら運転してる。まだカラオケもなんとなく気がひけるしさ。
もしくは独り言言ってる。

今日はユーミン多めだった。

若い頃に書いた歌詞に51歳の私は今でも驚かされる。多分、歳をとるたびに驚かされているかも。年齢によって受け取り方が変わったりするところもある。

ユーミンはどんな経験をしてどんな目線で世界を見てたんだろうとか。描写のセンスはやっぱすごい…

 

 

最近聴いてる。Gracie Abrams。かわいい。メロディも声も。かわいい。

J.J.Abramsの娘だって。

ネットで歌詞はわかるけど歌詞と訳がいっぺんに見られたCDについていた解説は良かったな。代表的な曲は和訳を自分でしてネットに載せている人がいるけれど・・・


www.youtube.com